© 北浦敦子
2016年10月に、舞台となった広島市と呉市で先行公開されて以来、未だに衰えることなく続く「コノセカ」こと映画「この世界の片隅に」への注目。
映画は、戦前から戦中・終戦直後の暮らしを、主人公すず(声優:「のん」さん)と、彼女の周りを取り巻く人たちを中心として、綿密な取材に基づき、とても丁寧に描かれていることが特徴です。
従来の戦争を描いた作品でありがちな「ドラマチックで象徴的な出来事」を題材の中心とせず、その時代を生きた「普通の人々」の日常を淡々と描き、今までにない視点からの戦争と平和の表現が、高く評価されています。
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封切り時はわずか63館だった上映館も大幅に増えて、2017年の1月下旬には、なんと当初の3倍を超える198館を数えました。
動員数も2月現在で150万人を軽く突破、第90回の歴史を持つ「キネマ旬報ベストテン」では、本年度の日本映画ベストワンに輝くという快進撃。
主人公・すずの声優を務めた「のん」さんの評価も上々で、映画とコラボした写真集「のん、呉へ。2泊3日の旅」も、売れ行き好調なのだそうです。
© 北浦敦子
最近では、青森県の上映館で完成前の貴重なバージョンが間違えて公開され、リピーターの来場者が指摘して発覚するという、ファンには羨望の珍(?)事件まで起きたのだとか。
「この世界の片隅に」に関わるニュースの数が、人気の大きさを物語っています。
日本の映画興行収入トップに迫る「君の名は。」と共に、アニメ映画人気へ拍車をかけた名作だけに、「コノセカ」も聖地巡礼で訪れるファンが後を絶ちません。
「のぼりラボ」では、これまで「風景と屋外広告の関わり」を重大なテーマとして探求し続けてきました。
そして、この「聖地巡礼」という、物語の風景と自分を重ねるアクティビティについて考えるとき、屋外広告に関する大きなテーマが浮かび上がります。
それは
「人が特定の風景を求めて訪ねて来たとき、屋外広告はその場の空気、雰囲気、風景の文脈、没入感を損なわずに、広告効果を発揮できるのか」
ということ。
特に「この世界の片隅に」は、監督の片渕須直(かたぶちすなお)さんが「リアルであること」に徹底的してこだわり、風景や建物の一つひとつを、当時の資料や関係者の証言を得ながら、忠実に再現されたことも大きな話題になりました。
聞けば、山並みの様子を確認するためだけに広島を訪れることもあったのだとか。
歴史的な日付が確定できるシーンでは、当日の天気などの実証を重ねたそうですから、その徹底振りに驚かされます。
それだけに、無神経で配慮に欠いた掲示物で「ここが聖地ですよ」と指し示すような真似をしてしまうと、作品を汚していると捉えられる危険が生じます。
多くの人が集まる聖地巡礼は、新たな観光資源を発見・体験させる機会となり、作品誕生以前と以降で、人の流れが変化します。
地元にとっては、絶好の観光プロモーションになるチャンス。
しかも空前のヒット作となれば、様々な予想もしない観光効果が期待できます。
そこで今回は「この世界の片隅に」の主要舞台となった呉市(くれし)の観光協会を取材。
事務局の平田己恵子(ひらたきえこ)さんから、映画に関連した取り組みや地域の現状・期待についてお話いただきました。
写真は観光協会がある呉商工会議所ビルの1階「市民ギャラリー」。
取材当日はポスターやパネルが掲示され、呉の観光促進にひと役買いたい民間レベルの意識が感じられます。
後編の記事はこちらから
すずさんの嫁入りに合わせた「聖地巡礼」企画。 限定3000枚配布のスタンプシートでは争奪戦も繰り広げられた。
広島と呉のロケ地マップに続き、いよいよ聖地巡礼のイベントもスタートしましたね。
そうですね。おかげさまで「コノセカ」への反響は続いています。ロケ地マップも問い合わせがとても多いですね。
ラリーの内容について簡単に説明すると、「この世界の片隅に」を支援する呉・広島の会/NPO法人呉サポートセンターくれシェンドが企画し、劇中に登場した場所を巡るラリー方式でキーワードを集め、限定のポストカードを進呈する内容です。
参考
「このセカ」案内所~聖地巡礼おもてなし処~(NPO法人くれ街復活ビジョン事務局・ヤマトギャラリー零)
お問い合わせ先 電話:0823-36-3902
スタンプシートが限定3000枚と聞きましたが、これはちょっと予想を超えたプレミア感が出てしまったのではないですか(笑)。
とても反響が大きいらしくて、驚いてしまいました(笑)
イベントを2月スタートにしたことには、何か意味があったのでしょうか?
物語中ですずさんの嫁入りが2月ですから、そこは物語に沿った方が参加者の皆様に喜んでいただけるのではと聞いております。
聖地の一つ「小春橋」
主人公すずの出身が広島市の江波(えば)ということで、スタンプシートを広島の江波山気象館のみで配布と言う戦略も流石ですね。「おもしろいなぁ」と思いました。
作品の主な舞台である「呉のエリア」について、詳しく聞かせて下さい。
現存しているものは、昔と建物や見映えは違いますが「呉駅」、嫁ぎ先の「辰川バス停」、それから「国立呉病院前の階段」、すずさんと周作さんが語らう「小春橋(こはるばし)」や「下士官集会所(現在は青山クラブ)」があります。
他には…すずさんが目の前を通る印象的な「三ッ蔵」、花見をする「二河公園」などがあります。
そう言えば、呉の道って京都のように碁盤の目なのはご存知ですか?
そうなんですか?知りませんでした!
これは海軍が呉に入ってきたことによる都市計画で整備されたそうです。灰ヶ峰(はいがみね)から見るとよく分かりますよ。
このような市街地の風景って、実は当時とあまり変わっていません。
地元に住む私たちにとっては、普段見慣れた何でもない風景が、映像に登場する風景としてファンの人が大切に思う場所になっているのだと思います。
灰ヶ峰から見下ろす呉市内。
夜景でも有名な灰ヶ峰。「碁盤の目」に整理された街の様子が良く分かります。
戦前、戦中、そして終戦直後という70年以上昔を描いた作品ですが、綿密な取材と時代考証を重ねられた作品ですから、現代の風景と作品の風景の違いをオーバーラップさせることも、「この世界の片隅に」独特の楽しみ方と言えそうです。
物語はフィクションでも、風景は限りなくノンフィクションだから、ファンも想いを馳せやすいのかも知れませんね。
だからでしょうか。呉の映画館で「この世界の片隅に」を観たいと言って、県外からわざわざ呉の映画館に足を運んでくださるファンもいらっしゃいます。作中に登場した森永のミルクキャラメルを口の中に入れながら(笑)。
「この世界の片隅に」の世界観を、「呉で体験したい」という人が確実に増えています。
共感できる体験がすぐに広まるという現象は、まさにSNSの影響を感じられますね。現代的とも思えます。
もともと映画自体が、「クラウドファンディング」による有志の力で完成したという点は、今の時代性に沿っていて、なんだか象徴的でおもしろいですね。
一方で、映画の舞台を目当てに訪れるファンが増えたことで、気をつけて欲しいことなどはありますか?
お越しになる際には、是非マップを参考にしていただければと思います。片渕監督がよびかけられたメッセージが、配布されている呉・広島フィルム・コミッションが制作したロケ地マップに掲載されています。呉にいらっしゃる方も呉市内に住む方も、どちらも気持ち良く過ごしていただければと思っています。
あと、主人公の声を担当する・のんさんが呉市をめぐった「のんMAP」も同様に配布していて、のんさん目線で感じた呉のまちとロケ地が一緒に紹介される、ファンだけでなく呉にお越しのお客様にも必須のマップになっています。
聖地巡礼のためにできること。それは来た人をどう「おもてなし」するか。
例えば、「ここが物語に登場した場所だ」と判るような、目印や掲示物は設置してあるのでしょうか?
「三ッ蔵」のような歴史的建造物には、元々説明の案内板があります。
「この世界の片隅に」のタペストリーなども指定施設へ飾っていますね。 呉商店街「れんがどおり」にある街かど市民ギャラリーの前には、映画の製作委員会公認で「この世界の片隅に~聖地巡礼公認」を知らせるのぼりが立てられてます。
三ッ蔵には案内板がすでにあります。
ただ「聖地巡礼」に関して、それ以上、観光協会として何か特別な案内や宣伝は行っていません。
「ここが聖地ですよー」と案内するのではなく、ファンが自分で発見する楽しみ方があるんじゃないかと考えているからです。注意すべき点をまとめた案内マップがあれば十分ではないでしょうか。
しかし、スポットの概要を説明できるような案内は、方法次第では「あり」かも知れませんね。作中のシーンを掲載したタペストリーで、実際の姿を見比べられるような、補足情報があれば親切なのかなと思います。
あからさまに聖地アピールをするような、「親切すぎる案内」は面白味が無いですね。
「風景や景観の邪魔」になったり、雰囲気を壊す可能性もありそうです。
観光協会が聖地巡礼の中で提供するものは、建物や町並みなどの資源だけと考えています。聖地巡礼のためには、特別な演出や仕掛けも控えめな方がいい。そこに登場する各施設が、賑わいを独自に演出することはあるでしょうけど、観光協会の仕事は聖地巡礼で訪れたファンに呉の魅力を知ってもらい、体験してもらうことだと思うからです。
物語の舞台を入り口として、「呉には他にも魅力的なものがたくさんあるんだ!」と広めるワケですね。
そのために大切なことは、地域の人とファンの交流です。
今は地域の人たちが訪れたファンの人に、「『この世界の片隅に』の場所を見に来たんじゃろ。こっちこっち。案内するけん」と関わってくれるようになりました。バス便を利用する人やカメラを持っている人も増えています。
こういった動きは、今までは多分なかったことですよね。
呉観光の基点となる「呉駅」
呉でただ一つの映画館さんでも、入口にファンの人や映画を見た人が書き残せる記帳台を置かれています。建物の四階にある230席の映画館ですが、今まで考えられなかった動きが生まれているんですね。
呉の人たち自身が観光資源になってくれる、おもてなしをしてくれる、これ以上のプロモーションって無いんじゃないでしょうか。
他の施設との連携など、今回の聖地巡礼企画では幅広い取り組みも特徴的ですね。
大和ミュージアムや、入船山記念館など、県外でも知られている観光資源へ立ち寄っていただける仕掛けも重要です。
今回の企画では「千福(せんぷく)」の銘柄で知られる呉の酒造会社「三宅本店(みやけほんてん)」さんも協力されていて、「この世界の片隅に」と絡んだ企画には、地元のNPO法人や映画の製作委員会など、多くのスタッフが知恵を出し合っておられます。
入船山記念館
すずさんの声優をつとめられた「のんさん」の存在も大きいですね。
原作漫画の単行本を出版された双葉社さんから出版された写真集、「のん、呉へ。2泊3日の旅~『この世界の片隅に』すずがいた場所~」では、のんさんがディープな呉を体験してくれました。
森田食堂や珈琲館・飛鳥、音戸渡船や呉駅の「てつぞー」パネルなどは、呉の人じゃないと知らないコンテンツです。
森田食堂の女将さんはのんさんと一緒に写真にも登場したのですが、お客様にそれと同じ位置で記念写真を撮りたいと言われることが多いそうです。
音戸渡船の乗り場でも写真を撮られていて、こちらは日本で一番短い定期航路です。
© 北浦敦子
一方でゆるキャラ「てつぞー」は新たなゆるキャラの出現によって引退するそうですね。
「呉氏」のことですね(笑)。のんMAPにコメントされているように、「てつぞー」は、のんさんにとって気になって仕方ない存在、「のんさん」ファンには鉄板キャラかもしれません。
この際なので「てつぞー」のことも紹介してあげてくださいね。
承知しました!
© 北浦敦子
※のんさんとのツーショットで際立つ、てつぞーの独特なフォルム。てつぞー、忘れないよ…
そしてこっちが、噂の呉氏。なんて言うか、色々すごいです。
クレーシーゴナクレーシー呉市ホームページ
のんさんの広島弁も素敵でした。自分も広島で生活している人間ですが、鑑賞してて違和感無く耳に入ってくるイントネーションだったと思います。
のんさんの優しいけれども、繊細さと強さを兼ね備えた声が広島弁の台詞にぴったり重なったのだと思います。
映画の成功、そして聖地巡礼は、多くの人が呉を知るきっかけになりました。海軍や造船の歴史は日本遺産にも選ばれていますし、平清盛が切り開いた「音戸の瀬戸」や御手洗の街並み保存地区なども見所がたくさんあります。呉を知れば知るほど、そのフトコロの深さに驚かされました。
観光協会の役割はこれからです。せっかく呉を知ってくれたファンを飽きさせないように、呉の街を、どう紹介していくか。そこには呉の人らしい、呉だからこその「おもてなし」が魅力になるのだと思います。
「この世界の片隅に」によって、全国からの注目されている呉市。
映画をきっかけとして、呉を訪れた映画ファンや観光客の人に「呉という街そのもの」の魅力を伝えることが観光協会の役割だと、平田さんは語られます。
それは呉の歴史や風土、そしてそこで生きる人々抜きでは語ることができません。
知れば知るほど底が見えない呉の魅力。
後編では平田さんからお聞きした、さらにディープな呉を紹介しますのでご期待下さい。
後編の記事はこちらから
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写真(のん) : コピーライト© 北浦敦子
取材協力 : 呉観光協会【https://www.kure-kankou.jp/】
この世界の片隅に公式サイト【http://konosekai.jp/】
のん 公式サイト【https://nondesu.jp/】
のん 公式ブログ【http://lineblog.me/non_official/】
双葉社「のん、呉へ。2泊3日の旅」【amazonリンク】
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