106年ぶりの中止!?安芸宮島の管弦祭に青春を捧げた社員に話を聞いた。

管絃祭

こんにちはポップジャパンの石川(左)です。右に立つ鉢巻姿の彼は、営業課の舩田佳隆(ふなだよしたか)くんです。

みなさんは広島県が誇る世界遺産「宮島」はご存知でしょうか?
正式には「嚴島(いつくしま)」と呼ばれ、松島、天橋立と並び日本三景の一角として知られています。

観光の中心地でもある嚴島神社は平安末期に平清盛によって整えられ、海上に建つ大鳥居は宮島を表すシンボルとしても有名。
1996年には世界遺産にも登録され、今や押しも押されぬ広島を代表する観光地です。
「修学旅行で行ったことがある」という人も多いのではないでしょうか。

そんな宮島で年に一度行われる「管弦祭」というお祭りがあります。

管絃祭
写真提供:櫻井 幸治

平安時代の神事に端を発するこのお祭りは、嚴島神社の神さまが乗る御座船(管絃船)が宮島の沖合から広島の川、神社をめぐり、かの大鳥居を海上からくぐるという大スペクタクルなお祭りなのですが、残念ながら今年は台風12号の影響により中止となってしましまいました。

歴史深いこの管絃祭が「中止」となったのは、一説によると106年ぶりなのだとか(前回の中止は明治天皇が崩御された年だそうです)。

そして、我がポップジャパンにもこの管絃祭に青春を捧げ、今回の中止の決定に少なからずショックを受けているスタッフがいました。

それがこの営業課所属、舩田圭隆(ふなだよしたか)くんです。

管絃祭

今年新入社員として入社した彼は、入社時に「管弦祭のときは会社を休みますので!」と逆に条件を突きつけるほどの剛の者
そんな彼に、管絃祭に寄せる想いについて聞きました。

 

船を漕ぎ続けて5年目の若衆から聞く管絃祭のこと

石川
「今回は中止ということで残念だったけど、舩田くんは管絃祭に参加してから長いの?」

舩田
「今年で5年目でした。実は管絃祭に参加していると5年毎の節目でものが貰えるんです。5年漕いだら『若衆(わかしゅう)』は「しゃもじ」です。他にも50年目の節目だと銀盃とかあるみたいです」

石川
「『若衆』ていうのは何か役割の名前なんかな?」

舩田
「そうですね。『役員』と『若衆』があって、今年は『手控え』ていう控えの人がいなかったので14人でした」

石川
「知らない言葉がポンポン出てくるなぁ。『手控え』っていうのは、若衆の控え選手みたいに考えとけばいいのかな?」

舩田
「そうですね、いつもは17か18人位いるんですけど、今年は災害があったので警察や消防関係の人が参加できなかったので人数は少なくなりました」

石川
「今回は7月29日の予定が台風で中止になったんだけど、改めて別の日に行われたりとかはないのかな?」

舩田
「無いみたいですね。完全に無し。8月の10日に江波(えば)で『火祭り』というものがあって、そこでも僕は船を漕げるんですけど、そこで完全に漕手として終わりですね。雨くらいならやるんですけど、台風で風が強いと船が沖に出ても漕げないので。宮島の宮司さんからお昼ごろに連絡があって、『中止です』と告げられました」

石川
「残念だったね」

舩田
「まぁでも『川上り』はできたので、それだけでも良かったと思うことにします」

石川
「川上り?」

舩田
「川上りは管絃祭の前日に行われるもので、江波の小屋から『 空鞘稲生神社神社(そらさやいなりじんじゃ)』まで川をのぼります。昔はもっと上流まで行っていたそうですけどね。これは実際に漕げたんで良かったです。」

管弦祭
写真提供:櫻井 幸治

石川
「実際に船を漕いでる写真を見せてもらったけど、これを漕ぐってかなり大変じゃない?」

舩田
「そうですね。漕ぎ手は14人で、それぞれが櫂(かい)を持ちますけど、正直重いですね。漕ぐときは掛け声もあるんですよ」

石川
「あ、それはどんな感じか聞きたいな」

舩田
「いや、でも、それがよく分からないんですよね

石川
「え?実際に掛け声出してるんでしょ?そんなことがあり得るの?

舩田
「掛け声というか歌があるんです。ずーっと昔から伝わる歌で一回だけ歌詞を見たことがるんですけど、もう意味が分からなくって」

石川
「あ、もう大昔過ぎて、言葉が今と全然違うのか」

舩田
「それでも役員は歌うことができるので、それに合わせて漕ぐ若衆も掛け声を出すんですけど、最初から何って言っているのか分かりませんでした。ある時に「何て言ってるんですか?」って聞いてみたんですけど「感じろ」って一言でしたね。「それっぽくやれ」と。そのせいか、時々掛け声が変わったりするんです」

石川
「自分が何て言ってるのか分からないんだもんね」

舩田
「その意味が分かるようになると、また深いものになるんでしょうけどね。ただその声をしっかり出すことによって漕ぐ力につながるんだと思います」

管弦祭
写真提供:櫻井 幸治

 

なぜ管絃祭に参加しようと思ったのか

石川
「そもそも、なんで管絃祭に漕手として参加することになったの?」

舩田
「きっかけは友達です。中学からの友だちの家が牡蠣の生産をしてるんですけど、そこのお爺ちゃんが管絃祭の船長でした。管絃祭の船って昔から漕げる人間が決まっていたんです。水産とか漁業とか水に関わる生業の人しか漕げなかったんです。今でこそ、漕手の枠は全部で多くても18か20くらいなんですが、昔は50人も60人も希望者がいたそうです。くじ引きで決めていたと聞きましたね」

石川
「人気だったんだね。それを誇りにしていた人もいたのかな」

舩田
「だから1年漕いだ人は次の年は別の人にバトンタッチです。倍率が激しすぎるんで。だけど今の時代はやっぱり人自体が少なくなってきちゃって、元々は水産関係者しか出来なかった漕手ですけど「〇〇の知り合い」とか「〇〇と同じ職場」という人を連れてくるというカタチが多いみたいですね」

石川
「そこで舩田くんも誘われたというワケだ!」

舩田
「そのお爺ちゃんとお話したこともあって、本来は18歳からじゃないと漕手にはなれないんですけど、18歳になる前から「18になったら漕げ!」て言われてました。それでも最初は「旗を振る役」ということで入ったんですけどね。いきなり「漕げ」て言われて、話が違うなって思いましたね」

石川
「そこから去年まで4年連続で参加しているんだよね。もうベテラン感でてるんじゃないの?」

舩田
「そうですね。管絃祭の船は片側に7人ずつ座って進む方向から順に1番2番…ってなるんですけど、僕は一番後ろの7番です。公園のボートと同じで進行方向に背をむけてますから、この7番に合わせてみんな漕ぐんです。だから僕のペースにみんなが合わせるってことですね」

石川
「滅茶苦茶重要なポジションだ!」

舩田
「何しろお客さんから見られるものでもあるし、やっぱり櫂が水に入るタイミングとか角度とかが揃ってないとバラバラに見えちゃうと、役員にめっちゃ怒られるんで責任重大ですね。このポジションは去年からやらせてもらっています」

管弦祭

 

管絃祭に参加し続ける意義について

石川
「管絃祭自体について説明をお願いします。」

舩田
「大雑把に言うと、午前中に一回厳島神社の大鳥居を潜って、神社の中を3周回ります。午後は厳島神社の沖合で停泊して神輿船を3周回し、地御前神社まで引っ張ります。地御前神社に着いたら盆踊りみたいなものがあるんですけど、それを踊ったらまた船で沖合に出て戻るというルートですね」

石川
「思ってた以上に漕ぐね」

舩田
「厳島神社から地御前神社まで50分~1時間半漕ぎっぱなしです。練習は毎回1時間で、30分毎に休憩なんです。なので、本番は正直かなりキツいですね。」

石川
「それでも参加し続けてきた管絃祭の魅力ってどこにあるんだろう?」

舩田
「やっぱり楽しいんですよね!特に一番テンションあがるのは、夜に船で宮島の鳥居をくぐって回廊の中に入るとフラッシュが凄いんです。ハリウッドスターばりですよ!あの時の盛り上がりと歓声は病みつきです」

石川
「それはめちゃくちゃ主人公感がありそうでいいな」

舩田
「それから、漕ぎ終わった時ってもう手の感覚とか無いんですけど、その『漕いだな』って達成感が最高ですね。祭りの最後に掛け声に合わせて手を叩くんですけど、その後に皆でいう「おつかれー!」の一言。ヤバいですね」

石川
「それだけに今年の中止は、繰り返しになるけど本当に残念だったね。来年リベンジだ。まためげずに練習行く?」

舩田
「行きます行きます!こうなったら10年連続で漕ごうかなって思ってますよ」

石川
「いいねそれ!新しい目標が出来たわけだ」

舩田
「それから、一緒にはじめた僕が参加するきっかけになった友達が4年目まで一緒に漕いでいたんですけど、今年は就職で漕げなかったんです。他にも6、7人仲間がいたんですけど、色々都合が悪くて、今年開催されてたら、5年目って僕ともう一人だけだったんです。でもそれが中止になったんで、もしかしたら来年またみんなで漕いで5年の節目迎えられるのかなって、まぁ僕の勝手な思いなんですけど」

石川
「あれ、なんかいい話になっちゃったな」

舩田
「きっと神様が『みんなで漕いでゴールしろ!』って言てんじゃないかと思うんです。まだまだ続けますよ」

管絃祭

 

終わりに

冒頭、「今年の中止は106年ぶり」だと書きましたが、舩田くんの話によると、不確かな情報ではありますが、役員の方の中に「若い頃にも中止になったなぁ」とおっしゃる方もいたのだとか。
そういった情報にノイズが入ることも含めて、人の営みの中で伝承されていく文化や伝統の面白さなのではないかと、お話を聞きながら感じました。
掛け声の意味もよく分からなくなるほど平安の昔から伝わるお祭りが、1000年以上の時を経た現代でも受け継がれ楽しまれているということは、奇跡にも近いのではないでしょうか。実を言うと、今までこの「管絃祭」というものを知らなかったのですが、今回舩田くんの話を聞き、祭りについて調べているうちに、この祭りの歴史と文化にすっかり魅了されてしまいました。
来年は必ず観に行きたいと思います。

管弦祭

 

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